司馬遼太郎が好き!

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Re: はじめまして  投稿者:nothing  投稿日:2008年 8月10日(日)12時50分52秒   返信・引用
  > No.212[元記事へ]

たかさんへのお返事です。

> 偶然、ここの掲示板を見つけまして書き込ませていただきます。
ご投稿ありがとうございます。

> ただ残念な事に地元では・・・あまり大切にされていない・・・
そうなんですか。もったいない。郷土の偉人であり、司馬遼太郎の作品で「再認識」されたというのに。「司馬遼太郎を読むなら、まず『坂の上の雲』を読みなさい」と言われたという人を何人か知っています(よけいなおせっかいだとは思いますが、その人たちはすなおだったのでよかった)
まあ、助言した人の好みだったのでしょうが、それほど多くの人に愛されているということでしょう。

> 松山市の「坂の上の雲の町作りに反対する人」と言うのは、地元の歴史を粗末に扱う人が多くいます。
その方たちは、どうして反対しているのでしょうか?いきさつとか理由を知りたいですねえ。

また、そこらへんの事情をよろしければ教えてくださいね。
ご当地で盛り上げるのが普通ですが、なにか理由があるのでしょうか。

http://ww81.tiki.ne.jp/~nothing/

 

はじめまして  投稿者:たか  投稿日:2008年 8月10日(日)12時25分20秒   返信・引用
  偶然、ここの掲示板を見つけまして書き込ませていただきます。
私がはじめて読んだ司馬小説は「坂の上の雲」です。
地元出身の人が主人公と言う事で読んだのですが、最後がなにか切ないと言いますか、なんとも言えない気持ちになりました・・・。
ただ残念な事に地元では秋山兄弟にしろ子規さんにしろあまり大切にされていないと言うところがあります。
松山市の「坂の上の雲の町作りに反対する人」と言うのは、地元の歴史を粗末に扱う人が多くいます。
そう言う異常な状態を私は少しでも変えて行きたいと言う思いを持っています。
歴史を大切にしないと、町はダメになると思います。
 

Re: 司馬記念館  投稿者:BELL  投稿日:2008年 3月20日(木)09時36分8秒   返信・引用
  いま記念館のある八戸ノ里は菜の花が咲き誇っています。

http://www.shibazaidan.or.jp/
 

Re: 司馬記念館  投稿者:nothing  投稿日:2008年 2月19日(火)02時10分5秒   返信・引用
  > No.207[元記事へ]

ご投稿ありがとうございました。

りえさんの記事を見て、「しまった!」です。
この掲示板の過去の記事にも、記念館天井の「龍馬の顔」の話が投稿されていた
はずなのに、すっかり忘れていた。
去年の夏に、記念館に立ち寄ったのに・・・(時間がなくて、本を購入してすぐに出たのだけど)
次回の訪問時には、必ず自分の目で確認したいと思います。

http://ww81.tiki.ne.jp/~nothing/sr/sr.html

 

司馬記念館  投稿者:りえ  投稿日:2008年 2月18日(月)23時15分9秒   返信・引用
  初めて投稿します
記念館に昨年行った時案内の方が、天井を指差して竜馬さんの顔が何かしらのしみで
出ています。と教えて下さり、驚きました。竜馬さんの顔でした。いえオカルトではなく。

単純に燃えよ剣から竜馬がゆく、かなり他にも読んだつもりですがこんな掲示板があるなんて嬉しくなりました。
 

Re: よかった!  投稿者:武論尊と父  投稿日:2008年 1月25日(金)20時20分30秒   返信・引用
  > No.203[元記事へ]

らんさんへのお返事です。

 「世に棲む日日」ももう20年以上前になるかなぁ?大河ドラマ「花神」をやっていた時に、この作品は「花神」「峠」「十一番目の志士」に加えて、「世に棲む日日」の4作品がドラマの構成になっているとの事で、その頃に読みました。ドラマその物も、個人的には歴代大河ドラマの最高傑作だと思います。(もっとも、初期の頃の作品は観ていないのですが…)二十歳の頃その頃の感動を胸に、下関調布の功山寺や萩の町を一人で旅したこともあります。
 これは司馬さんが言われたか、それとも違う方の言だったかは忘れてしまったのですが、高杉晋作と言う男は、例えば西郷隆盛や坂本竜馬の様に、もの凄い人物としての魅力があったわけではなかった様です。しかし勘はもの凄くよかった。その勘の良さが彼を革命家たらしめたと。それがあったから、四ヶ国連合艦隊との講和の際に古事記を語り、彦島租借を煙に巻いてしまったり、たった80人で藩相手にクーデターを起こしたりと言う離れ業がやれた。活動も破天荒でちょっと真似できない。それに労咳で夭折してしまう。師匠の吉田松陰との人物対比も面白いし、それが彼の魅力と言えば魅力なんでしょう。ただ現実に高杉と友人であろうとしたなら、えらい迷惑をこうむる事を覚悟しなければならないとも言われていました。私も概ね同意見です。
 これは坂本竜馬にも感じることですが、当時の幕藩体制としての秩序。250年近く当たり前の様にあがめ奉り、そして恐れてきた。でもそんな言わば神格化した秩序が、単純につっかえ棒を蹴飛ばしたてガランとひっくりかえしてしまう。そんな痛快さが竜馬や高杉には感じます。そしてその痛快さこそが、司馬文学の魅力でもあると思います。
 

Re: よかった!  投稿者:武論尊と父  投稿日:2008年 1月14日(月)15時26分26秒   返信・引用
  > No.194[元記事へ]

武論尊と父さんへのお返事です。

> 「世に棲む日日」は絶対面白いです。一時期「竜馬がゆく」よりはまったこともあります。またコメントしますね。
 

Re: よかった!  投稿者:らん  投稿日:2008年 1月13日(日)14時11分23秒   返信・引用
  > No.194[元記事へ]

武論尊と父さんへのお返事です。

> 「翔ぶが如く」とはまた大作を読了されたんですね。私もかなり前に読みました。
> 西郷や大久保を語る時、幕末の頃の彼らと、維新以後の彼らとを比べると、後者の彼らはなぜか光彩を失っていくような感じがするのです。それは私なりの解釈なのですが、硬直した幕藩体制を改革して新政府を立ち上げたものの、現実の政治・外交の実務に立ち向かった時、高邁な理想を捨てても対処しなければならなかった場面に立たされ、捨てきれずに苦悩して、不本意ながらも反乱に身を投じた西郷と、現実的な為政に対処した大久保とに分かれる。その姿が、幕末の頃の時代をリードしていた彼らから比べると、大きな落差を感じてしまうからだと思うのです。

私は以前「榎本武揚」を読んだときに書いてあった「現場主義」というのを思い出しました。西南戦争の薩摩側は日本から出てない人(村田など例外はあるけど)と大久保、川路、黒田などの外洋組みとの自分の国に対する危機感の違いが如実にでたものだと思う。
所詮現場(海外)へ行かずにショックも受けずに机上の論理だけでそれも薩摩藩は「勇気」だけで意味のない西南戦争をおこして多くの人材をうしなった。長い目でみれば西南戦争がその後の日清戦争の役くらいにはたったんでしょうが、ぜひ西郷と桐野に海外へ行ってもらって脳天からカルチャーショックを受けてもらいたかったです。

> その意味では、坂本竜馬、高杉晋作、そして河井継之助らは、ある意味いい時期に死んだとも思うのです。竜馬の大政奉還の背景にある思想、高杉の奇兵隊設立時の思想、継之助の一藩中立独立の思想などは、現在の我々だから理解できる思想であって、当時にあっては理解不能の考え方ではなかったかと思うのです。「峠」の中で、河井継之助と今井信郎が対面するシーンがありますが、よく切られなかったと思います。今井の側からすれば、幕府譜代の牧野家の家老でありながら、官軍との対決姿勢を明確にしない不届き者と言う名目でバッサリやってしまってもおかしくなかった訳ですからね。特に河井継之助の思想は、現代の我々でも難しい思想だと思います。知行合一の陽明学の思想が根底になっているようですが、この考え方はややもすると、テロ行為を是認するともとられかねない考え方です。司馬さんも「英雄は時と場所の置き場を間違えると、天災のような災いをもたらすらしい」と、継之助を風刺するような言葉を残しています。

その司馬さんの言葉は真理ですねー、わたしは竜馬にも高杉にも継之助にも中央政府にいてほしかったです><

> ただ「改革」や「勝ち組・負け組」などと言った言葉が氾濫する昨今、「改革」の影の部分からはい出る事の出来ない人々や、「負け組」に甘んじなければならない人々からすると、「峠」の後半部分で、小千谷談判に失敗した継之助が自らに語る“日本人とはなにか?”の部分は、人間を熱くさせてくれると思います。「峠」を20年ぶりに読み返した私は、(20年前にも読んでいるはずなのですが…)ものすごく熱くなりました。

私は「燃えよ剣」をよみ終わったところです。実は15年ほど前にも読んだのですがまるで覚えていませんでした。たぶん竜馬を読み終えた直後だったので「なんだヒトきり集団なだけじゃん」って切捨てたのかもしれません。今回は土方に惚れてしまいましたよ〜、お雪になりたい〜!(笑)それでまた「ああ、土方がいれば西南戦争でも日清戦争でも活躍の舞台がいっぱいあったのに;;」と妄想中です。
次は「世に棲む日々」を読む予定。面白いといいなぁ!
 

家庭教師  投稿者:らしく  投稿日:2008年 1月 8日(火)11時26分56秒   返信・引用
  「百術不如一清」
松陰程の人物が、どうして造られたか?それは、生まれてすぐ、山鹿流兵学の家に養子に出されてしまった為である。封建制度では、代々一つの仕事を守る。いわば、運命としか言い様がない。松陰の教育は藩命だった。彼には多くの家庭教師が就いた。なかでも、大きな役割を果たしたのは、玉木文之進である。上記のことばは彼の座右の銘だった。
 

休館日  投稿者:nothing  投稿日:2008年 1月 8日(火)07時54分14秒   返信・引用
  司馬遼太郎記念館休館日

月曜日(祝日、振替休日の場合はその翌日)
年末年始(12/28〜1/4)
特別資料整理期間(9/1〜9/10)

http://ww81.tiki.ne.jp/~nothing/sr/sr.html

 

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