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クイズ番組の参加者を募集中

 投稿者:河井継之助  投稿日:2016年10月10日(月)10時08分1秒
返信・引用
  来る10月30日司馬遼太郎先生の歴史小説「峠」をテーマとしたクイズ番組の参加者を募集中です。

主催は主人公である河井継之助の故郷新潟の新潟テレビ21(UX)。

長岡駅に集合後、河井継之助ゆかりの地をめぐる無料のバスツアーで観光しながら
「峠」にまつわるクイズを楽しむ企画です。

総合司会は大の河井継之助ファンを自称する林修先生!優勝者には米一石(150キロ)、酒一斗の豪華賞品もご用意。

詳しくは新潟テレビ21(UX)の特設サイトを御覧くださいhttp://www.uxtv.jp/toge/

http://www.uxtv.jp/toge/

 
 

司馬記念館で思ったこと

 投稿者:さわ  投稿日:2013年 6月 2日(日)12時51分42秒
返信・引用
  5月30日司馬記念館へ行ってきました。その晩、お手伝いさんだったご夫婦がやっておられる蕎麦屋で一杯やりました。もう一組のご夫婦の居酒屋も近所にあります。お出かけの節の参考まで。
手打ちうどん そば「桜井」東大阪市小坂本町2丁目13-15
楽しい酒と味の店「中津江」東大阪市見御厨栄町2丁目9-31
U.コミュニティホテル   東大阪市御厨栄町1丁目3-30(ベースキャンプに恰好)
司馬記念館で思ったこと
5月30日、新山口10:05発のぞみ乗車、11:58新大阪着、環状外回り鶴橋で乗換え、近鉄奈良線河内小阪下車。徒歩12分で司馬記念館着。昭和53年司馬公がこの地に新築した自宅に隣接して平成13年11月1日安藤忠雄氏設計の記念館開館。司馬公は平成8年2月12日逝去、いまもみどり夫人が住まわれる御自宅前庭を通り、記念館へ。自宅新築時に植えられた樹齢35年のくぬぎ、こなら、すだじい、やまもも、かえでなどの樹林に面した十畳の書斎前で立ち停まる。まんなかにL字型の卓子、卓上には黒縁めがねと拡大ルーペ、エボナイトのモンブラン万年筆、ムートンカバーの背高椅子、内縁には、執筆の中休みにくつろいで庭をながめただろうやはりムートンカバーの安楽椅子。公は新しい主題をはじめるときは、書斎の参考書を総入れ替えして、執筆を始める習慣であった。十畳の間の壁いっぱいに書籍600余冊。これはみな絶筆となった街道をゆくシリーズ第43「濃尾参州記」執筆のための参考書、17年前のまま。自宅には、今でも40mの廊下両側の書棚はじめ玄関の間まで参考書が満杯、6万冊、若いころ手がけた「竜馬がゆく」の執筆には2トンの参考書を集め、一時神田の古書店から竜馬関係の本が消えたとも言われた。まさに本の城、平成7年の阪神大震災時の廊下の惨状は想像を絶する。
庭を抜けるとガラス張りのプロムナードに導かれて記念館に入場。百坪のホール全壁面にめぐらされた高さ11mの書棚を埋め尽くした司馬公初版本や各国語への翻訳本をはじめ、2万余冊の参考書は圧巻。自宅蔵書の配列に習って右から左に並べられている。実は、この参考書2万余冊は、自宅から持ち出したものではなく、同じものを、館の努力で改めて収集した蔵書。みどり夫人が公の思い出を自宅から移動させることを拒まれたので、と古参の館員がそっともらしてくれた。本を動かして、大変怒られたことがあると、当時のお手伝いさんにうかがった。このお手伝いさんは、今は夫婦で蕎麦屋さんをやっていて、この晩呑みに行ってうかがった話。当時、公は蕎麦屋をはじめるというと、やめときなさいと言われたが、開店すると「手打ちうどん そば 桜井」と半紙に縦書きで書いて、よかったらこれを使いなさいとそっと届けてくれた。早速、けやきの木板に彫ってもらって、店の表に掛けた。ご夫妻で、ときどき寄ってくれた。公の好みはてんぷらうどんだった。と、これもその晩の話。字体が薄緑色で着色された看板は今も健在。
さて、司馬公執筆あるいは対談集などの文庫本は、街道をゆく43冊を含め全部で343冊。
ざっと10万ページ、5千万字。これに公の6万冊50tぶんの参考書と72年半の人生からしぼり出されたエキスが詰まっている。ぼくは、走馬看花で70余冊読んだだけ。まだ、270冊は未読。生涯で全巻味わいつくせるか?
今、みどり夫人は裏側の通用口を玄関に使っておられ、そこに「福田(司馬)」と表札が掛けられている。何もかえたくない夫人は、表札も当然往時のものを使っておられるはず。公が市民生活は福田姓、小説は司馬と使い分けておられた名残とみえるが、蕎麦屋の主人は司馬さんと言っていた。どうなんだろう?その裏通りを通って、徒歩8分帰りは八戸の里駅から近鉄奈良線に乗った。「はちのへ」ではなく「やえのさと」。そのへんは、文庫本「古往今来」11頁近所の記にくわしい。
                             さわ
 

5月30日いっこに呑まへんか

 投稿者:さわ  投稿日:2013年 5月25日(土)16時24分11秒
返信・引用
  いっこに呑まへんか!
長州っぽです。久しぶりの一人旅。司馬さんより18年おくれて72才に。5月30日(木)午後2時ごろ司馬遼太郎記念館、閉館の5時まで、喫茶室。そのまま河内小坂駅前のUコミュニティホテル泊。6時ごろから近所で一杯のつもり。年金ぐらし十余年、最近はバックパッカーを卒業、地図を横に、街道をゆく、はじめ司馬作品を寝そべってながめるのが極上の楽しみ。最近1975年5月8日から20日間、日本作家代表団(井上靖団長)に同行した手記「長安から北京へ」をみた。ぼくもあの3年後に日中友好協会の代表団に参加して訪中、熱烈歓迎をうけた。爾来留学5年も含め20数回訪中してきたが、うかつにも、司馬さんの手記を読んではじめて、熱烈歓迎せざるをえなかった毛沢東の事情に気づかされた。文庫本80頁に曰く「ソ連の質量ともに超絶した大軍事力の威圧感、そこから解放されるには、中国としては坑を掘らざるをえないのである。(中略)96頁、坑に入り坑のなかの食糧を食べるだけでは防衛策としては多少心細さがのこる。中国の外交はこの底冷えのするような心細さが核になって発想され旋回している。(中略)日本にそれについての協調を求め、アメリカがソ連に緊張緩和の方針をとろうとしていることにはげしく嫌悪しているのも、この一点に尽きるといっていい。」ぼくも、坑を見学したが、当時はソ連侵攻への備えに感心しただけで、熱烈歓迎が同じ外交戦略上にあったとは気付かなかった。目からうろこ。
数えてみたらこれまで司馬作品は文庫本で70数冊みたが、まだ2割くらい、それでも、処々で目からうろこ、極上の楽しみに出会う。
 

かつてこの島国に暮らした人々の末裔

 投稿者:古き良き日本人  投稿日:2012年 7月 8日(日)12時05分57秒
返信・引用
  司馬作品を読み続けると、必ず最後に「街道をゆく」に行き着く。
 要約してしまうと、日本史とは日本全国津々浦々の地域に生きた人々達の生き様を集約したものであり、日本史とはそれすなわち地域の民族史で、その民族史を事細かく綴った物語こそが「街道をゆく」である。
 本当の日本史の粒子を丹念に検証するにはこの本を読めば良い。
 

(無題)

 投稿者:中岡  投稿日:2010年11月29日(月)12時24分33秒
返信・引用
  腹立つわ

http://m.mixi.jp/view_diary.pl?&id=1630412137&owner_id=33900366

 

Re: 迷っていますご助言を!

 投稿者:ルカ  投稿日:2010年11月22日(月)10時14分11秒
返信・引用
  > No.234[元記事へ]

ルーニ-さんへ

ルカです。
うわ~!お返事ありがとうございます!
とても嬉しいです。

あれから更に「ひょっとして、『世に棲む日々』高杉晋作がいいか!?
なんて、もう迷いまくっていました。
前期と後期では、作風がちょっと違うのですね。参考にさせていただきます。

おそらく、また当分司馬遼太郎の世界にどっぷりです。
本当に偉大な方です。
 

Re: 迷っていますご助言を!

 投稿者:ルーニ-  投稿日:2010年11月21日(日)18時20分14秒
返信・引用
  > No.233[元記事へ]

ルカさんへのお返事です。

わかります、その気持ち。読み終わったことが寂しいですよね。
「竜馬」は長いんで特にね。

ご質問に対してですが、断然「燃えよ剣」をお勧めします。
「翔ぶが如く」が面白くないわけではないのですが、司馬さんは後期の方が
よりノンフィクション性が強くなります。

「竜馬」は初期の物語性の強い作品ですので、同じような作品をお望みなら
「燃えよ剣」で間違いないと思います。
違った司馬遼が読みたいなら「翔ぶが如く」もおもしろいですけどね。
 

迷っていますご助言を!

 投稿者:ルカ  投稿日:2010年11月16日(火)09時49分44秒
返信・引用
  先日『竜馬がゆく』をやっと読めました。
色々事情もあり、念願の文庫8巻を読み終え、面白くて勇気をもらって、最高でした。

さて、このあとなんですが。
この勢いでちょっともう一作二作ぐらい司馬さんの作品にうずもれていたくなりました。
そこで『翔ぶがごとく』と『燃えよ剣』と2作品を候補にしてます。
『竜馬がゆく』の舞台に近いですからね。

で、どちらにするか、迷っております。
ご助言・または読まれた方はご感想をお願いいたします。
 

Re: 千葉さな:龍馬暗殺後、結婚?

 投稿者:武論尊の父  投稿日:2010年 7月23日(金)11時42分8秒
返信・引用
  > No.231[元記事へ]

nothingさんへのお返事です。

言い過ぎかもしれませんが、司馬さんの作品の功罪の“罪”の部分がこの様な事なのかも知れませんね。

司馬さんは歴史学者ではなく、あくまでも小説家な訳ですから、書いている事全てが史実と同じでは無いでしょうし、ある人物の一つの行動に対して誇張して過大な意味を吹き込んだり、意味があるのにそれを抜き取ったりもする場合があるでしょう。全く架空な人物だって、天堂晋介、寝待ちの藤兵衛等々沢山登場します。

千葉さなさんが竜馬への恋心を抱いて生涯独身を貫いたと言えば、小説の中のロマンスとしては際立ちますが、当時の社会情勢を考えればその様な事をすれば周囲からどんな目で見られるか?やっぱりしんどいと思いますね。また「竜馬伝」のドラマの中では恋愛関係にあった平井加尾さんの事は「竜馬がゆく」の中では殆ど触れられていません。お田鶴さまと言う、ひょっとしたら加尾さんがモデルかな?と思える女性が出てきますが…。

昔の司馬作品で「花神」が大河ドラマになりましたが、この中では主人公の村田蔵六とシーボルトの娘のおイネさんが恋人同士と連想される様な取り上げ方をしていました。小説の冒頭にもそんな文言がありますが、ドラマのおかげでそれがあたかも事実のようになってしまい、蔵六の本妻の家系の方からNHKにクレームがついた事があったそうです。

司馬さんも小説として面白く読んでもらう為の工夫が、加熱してそんな状況を生む事は本意では無いだろうし、多くの読者もそうでしょう。ただ最近は、大河ドラマは主人公に取り上げられた人物のゆかりの土地が観光スポットになったりして、変な商業主義が入り込んでいるような感じがします。今回のさなさんの結婚に関する記事も、その延長線上にある様な気がするのです。

色々な調査の結果新しい事実が判明して、ドラマの内容と違ってきて多少興ざめする事もあるかも知れません。ここに投稿される方には余計な事かも知れませんが、司馬さんはあくまで小説家であり、映像ドラマはあくまで全てが真実ではない事を理解しておく必要があります。
 

千葉さな:龍馬暗殺後、結婚?

 投稿者:nothing  投稿日:2010年 7月 5日(月)03時18分9秒
返信・引用
  坂本龍馬の婚約者である 千葉さな(1838~96年)さんは、定説では生涯独身を貫いたとされているが・・・

 この記事ホント???

  「千葉さな:龍馬暗殺後、結婚? 明治時代の新聞に記事」

http://www.konton.net/sr/sr.html

 

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