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清見さん、久しぶりです。こちらは結婚差別に悩んでいる人の書き込みが多いですね。「太陽の村」は書きやすいのかな などと考えています。
spilitさんの質問に・・・ ふと眼が止まって 久しぶりここに書き込むのは何年ぶりでしょうかね。最近は同僚と部落差別について論じる事が多くなっています。奈良や京都、大阪の解放運動が利権まみれ、組織ぐるみの腐敗などと報じられる毎に心を砕いています。真面目に関わっている人達がかわいそうになります。運動の第一線から退いてだいぶ経ちますが、組織的に低調になっていますね。同僚は昔、労組の幹部でしたが、今は部落解放地区共闘会議の議長をお願いしています。彼曰く、「運動団体が自分の事と考えていない、おんぶに抱っこ状態だ!」などとぼやいていますね。私も再出馬、老骨に鞭打ってやらないかんかな、などと考えています。
さて、結婚に障壁があったかって、ずいぶん昔はありましたね。今の若い人はそんなに極端な事例はないみたいです。この間も近所の農協職員が結婚しましたが、わだかまりは無かったみたいです。お嫁さんの父親は私の高校の後輩でした。「おっさん家の近くに娘が嫁ぎます。お世話になります」などと丁寧な挨拶がありました。
私の地域、篠山市では今どき結婚差別など聞いたことはありません。私の住む部落にも多くの娘さんが結婚してきますが、部落出身の人は数えるほどですね。部落の青年が一般に養子に行く事もたまにはありますね。大部分が恋愛で結婚します。反対されたなんて話は聞きません。私の若い頃と時代が変わりました。私の若い頃、就職は役場も農協も郵便局も企業も、どこにも就職など出来ませんでした。採用どころか試験さえ受けられませんでしたね。私が役場に入ったのでムラの人が驚きました。今は当たり前ですが、当時はそんな意識構造の時代でした。
私も役場の同僚(今のつれあい)と結婚しようとした時は猛反対でした。反対を押し切って無理やり一緒になりましたが世間では特異なケースだったようです。若かったので暴走したのかも知れません。職場でも息が詰まるほどの緊張感に押し潰されそうでした。つれあいの方がもっと厳しい現実に置かれていたと思います。お父さんに暴力を振るわれたりしたようです。幸いな事に上司や先輩が彼女の家に説得に行っていたようです。私の父は門前払いだったようで、死ぬまで妻の実家とはあまり親しく付き合いませんでした。私の場合は息子のように心遣いをしてもらっていますが・・・ 結婚して33年にもなります。もう苔が生えていますね。今になれば夫婦関係も空気みたいな状態です。いつの間にか じいちゃん、ばあちゃんになりました。孫は解放学級に行ってますが、私の子供たちは意識が希薄でね。案じられます。
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