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番組のお知らせです。

 投稿者:miki  投稿日:2007年 9月 4日(火)23時23分21秒
  太陽村の皆さま、こんにちは。初めて投稿させていただきます、mikiと申します。
今週、土曜日にNHKでハンセン病についてのドキュメンタリーが放送される予定です。この場をお借りしてお知らせさせていただきます。
 番組は今年5月に既にハイビジョン放送で放送されたものですが、好評につき、全国放送での再放送が決まりました。 香川県の離島のハンセン病療養所・大島青松園を舞台に、元患者と島で唯一の小学校の3人の子供たちとの心の交流を一年間に渡って見つめた110分の長編ドキュメンタリーになります。
 小学校は、残念ながら今年3月に休校を余儀なくされました。2人の6年生と1人の3年生が、最後の一年間、お年寄りたちの《記憶》を受け取ろうと、文字通り、体当たりで向き合いました。是非、多くの方にご覧になっていただけたらと思います。どうぞよろしくお願いします。
◆ハイビジョン特集「忘れないで 〜瀬戸内 ハンセン病療養所の島〜」
◆9月8日(土)15時5分〜16時55分【NHK総合テレビ:全国】
 ※一部放送されない地域もあるようです。
◆あらすじ:http://www.nhk.or.jp/omoban/main0506.html#20070506019
 

暑いですね・・・

 投稿者:おおくぼ てるかず  投稿日:2007年 7月30日(月)22時46分45秒
  選挙も終わり夏真っ盛りですね、
こちらもいろいろ障害者自立支援法の影響で共同作業所は新たなかたちにかわり
ちよっと戸惑っている今日この頃です・・・・
民主党は参議院で勝利したけれど・・・・もっともっと差別のことを取り上げてほしい・・・なんか最近はどうも精神的につかれて、ちょっとバテてましたが
ちょいちょいまた顔を出します・・・
また、きますね〜。
 

ハンセン病問題基本法 ご協力をください

 投稿者:清見久夫  投稿日:2007年 7月29日(日)14時52分2秒
編集済
  みなさん、こんにちは。
ハンセン病問題基本法を獲得する署名活動が始まりました。
下記の国宗直子弁護士が窓口を開いてくれています。
どうか、ご協力と取り組みを広げていただきますよう、ご協力をください。

「ハンセン病問題基本法を制定し、開かれた国立ハンセン病療養所の未来を求める国会請願署名」
http://www5b.biglobe.ne.jp/~naoko-k/shomei/index.htm

http://www13.ocn.ne.jp/~seimi/0index.html

 

部落解放月間

 投稿者:清見久夫  投稿日:2007年 7月24日(火)10時37分17秒
  鳥取県では7月10日〜8月9日の1ヶ月間は、部落解放月間です。
県、市町村、各機関では、それぞれの取り組みや学習が開催されます。
下記のPDFでご覧ください。

http://www.pref.tottori.jp/jinken/burakukaihou-gekkann_H19yoko02.pdf
http://www.pref.tottori.jp/jinken/burakukaihou-gekkann_H19yoko03.pdf
 

雑感???

 投稿者:清見久夫  投稿日:2007年 7月12日(木)16時42分1秒
  こんにちは、みなさん。
このところ、いろいろとお話をしたいこともたくさんあったのですが、そんな時ほど忙しくて発信がおろそかになります。JJさんとドラゴンさんのお話を、興味深く読んでいました

民主主義、国家と国民の現実の位置と関係性、私たちの意識としての権利と義務、国を守ること、そこに生きること・・・・、いずれもずしりと重さと熱が伝わってきました。何よりも、おふたりがお互いを尊重しながら、語られている心地よさもあります。(意見が同じという意味ではなく)

そんな中でのわたしの気持ちです。
申し訳ないぐらいに単純な考えです。
何ごとにも、いつも迷いがちになる私は、だからこそ、軸足を自分の生活実感と感情において、そこから出発して考えています。生活実感と感情とは、毎日の生活の営みであり、そこで育まれていく命や存在への思いや共感であり、私の喜び、悲しみ、怒りであり、私の周囲の大切な人々のそれでもあります。
地域のごく普通のおっさんの生活、おっさんが抱く感情そのものであり、その枠を出ることも、その術も知りません。

そこから民主主義や国家を考えています。
現実の厳しさはそれとして、私の生活実感の意識の中では「わたし」や「わたしたち」は、日本人という括りではありませんし、国民という括りに対しても同様です。
国家は、そんな「わたし」や「わたしたち」のためのものだと考えています。
そんな私の生活の中で、地域を、社会を、国というものを捉えていきたいと考えています。
戦争、原爆投下の是非、わたしにとっては、それによってたくさんの命が失われたという史実、現実、連想できる感情以外のものではありません。
親しい命が失われるということが日常生活の「わたし」や「わたしたち」にとって、どんな意味を持つのか、それが納得がいかないものであれば、どうなのか、そんな価値観しか持っていません。
私が直面する部落問題、最近、ツレとして私の中で大きな存在となってきたハンセン病と関わる人権問題、在日コリアンの人権問題、これも、「わたし」や「わたしたち」として向き合うことしか思い浮かびません。「わたし」や「わたしたち」の中で、排除するとは、される関係性がある、とはどういうことなのか・・・・・。

「美しい日本」、そうでなくとも私のとっては大切な場所には違いはありません。
「意見を通す声の大きさ、圧力」の是非については、何を伝えるのか、何を要求するのかということが大切だと思っています。声を出すことの大切さも、声を出せないことへの配慮、どちらもが大切だと思っています。何よりも、大きな力によって人々が分断されようとしている今、政治家、マスメディアの言葉ではなく、わたしたが声を併せて生きる、手を携えて生きる、生活者としての実感を大切にしたいと考えています。
自分に出来ることがきっとあるはず、自分にしか出来ないこともあるはず。

本筋をはずすのが私の得意技です。
ごめんなさい。
 

(無題)

 投稿者:ドラゴン  投稿日:2007年 7月 8日(日)05時17分52秒
  国民と国家の関係とは、、、。単細胞生物が多細胞生物になっていくように、個々の国民が共同して国家を作るのでしょうが、そのうち国家という独立した生命体ができていくような気がします。そしてその国家という生命体は、自分の維持のために多少の個(国民)の犠牲は仕方がないと判断するようになるのではないでしょうか。国家の中枢にいる人間達は戦争だから原爆で国民が何万人死のうとそのことによって結果的に戦争が早く終わったのならしょうがないと本音の部分では全員が思っているのではないでしょうか。
 「日常生活の法律知識」か「相手を訴える法律知識」という本の中に”権利の上に眠れるものは保護されない”という言葉があり、思わずキモに銘じました。ただ、常日頃から権利の主張ばかりしていたり、法律のことばかり会話にしていれば、通常日本の社会の中では煙たがられるので見てみぬフリ、右から左に聞き流す処世術は身に付けていますが、、、。
 

(無題)

 投稿者:JJ  投稿日:2007年 7月 2日(月)00時21分3秒
  ドラゴンさんの「国民が努力しなければ、国家に自由や権利を奪われる」
というご心配について、私は今はむしろ民主主義の弱点とからめて心配しています。
民主主義においては、なんらかの声の大きい、力の強い業界や団体の
働きかけにより、不当にまじめな国民の生活が無視されかねない
政策がとおっていってしまうことがあり、それがあまりに行過ぎてしまったために、
今のいろいろな問題の根源となってしまっているように思います。
たとえば、通りそうになったホワイトカラーエグゼプションや派遣制度の事務職への
解禁などもそういうことではないでしょうか。
そういうことから身を護り、公正な社会を実現するためには国民が賢くならなければ
ならないのですが、なかなか全体をみわたして考えるなどということは、生活に追われる
一般人にとっては難しいことで、結果、まじめでおとなしい多くの人の意見はなかなか
反映されず、何らかの利益誘導をしようとする人の意見ばかりが、不当に偏って
通っていきすぎてしまう・・・ということがおこっているのが問題だと思います。

そしてそういう不当なことをする団体のひとつとして、最近は人権団体のうちの一部が
そうだと認識され、クローズアップされており、それが部落差別の根本的解決を
さらに複雑にし困難していくのではないかと危惧しています。


民主主義においては、国家は国民を護るため国民自身がつくっているものであり、
それゆえ国民の資質以上の国家はつくれず、
国家の問題点というのは、すなわち、国民自身の問題点なのだと私は思います。
だからこそ、良い社会をつくるには、国民は自由と権利と主張する以上に、
それぞれみんなが自分以外の国民に対する義務を強く意識すべきだと思います。
そういう意識が欠けてきたからこそ、共同体が壊れ、モンスターピュアレントが
出現し、学級崩壊がおこり、イジメがはびこり、企業や役所での
不正な処理がおこり…
という結果になっているのではないでしょうか。

本来の意味の公正さとは、勇気とは、和とは、美しさとはどいういうことなのか・・・
それがすべての日本人に問われていると思います。
それを解決できたとき、「美しい日本」が実現できるとおもい、そうなればと
願っています。
 

ありがとうございました

 投稿者:トーマス  投稿日:2007年 6月27日(水)11時36分20秒
   私も自分の過去ログをまだ載せていただいているのを見つけ、どんな事を書いてたかなとのぞいてみました。つい最近の事の様に思っておりましたが随分時がたちました。昔のことを振り返らせていただき、また勇気を頂いた清見さんに感謝いたします。

 28日は近くの隣保館へ行きますが、どうやら別の会のようですね。色々と取り組んでおられるのでいつかお会いできるのではと思っておりました。未だにお顔も分かりません…今度是非お話出来る機会があればと思っております(*^_^*)。
 

6年ぶりのトーマスさん

 投稿者:清見久夫  投稿日:2007年 6月26日(火)10時30分42秒
  何と何と、トーマスさん。
「ここで引いたらお終いよ」のトーマスさんだよね。
いやいや、神様は私に何よりのプレゼントをくださいました。
ファイナンシャルプランナー合格の件も、子どもたちの成長もうれしく受けとめました。
いつものことながら、おつれあいさんの姿もしっかり見えています。
お父様のご病気は辛い知らせですが、しっかり看病してあげてくださいね。

過去ログをたぐると、トーマスさんの登場は、今から6年前の2001年の今頃。
「わが家の子どもは5才と3才・・・」と書いてありました。

30代中頃の年代でしょうか、何とも、立派なオカン(おそらく)になって、わが娘のように思えて涙が出ます。
掲示板では、いつか投稿が途絶えることがあっても、それも仕方がないこと。
出来る範囲で、出来る間に、出来ることを・・・、が大切な距離。
そこから先のお付き合いは個別のケース。

これまでの、お付き合いのある間だけでもと考えて、皆さんと気持ちを語り合ってきました。

それでもね、お便りがなくなると、問題はどうなったかなあ、大丈夫かなあって。もっとしっかり対応してあげたらよかったのになあ、お会いすることで解決することだってあったのになあって、クヨクヨと考えてしまいます。

誰もが、元気であってほしいなあ、と思うしかない辛さがあります。
トーマスさんの場合は、安心していましたがね。

小学生の親としての部落問題との出合い、トーマスさんらしい向き合いですね。

この28日に、鳥取県西部にある米子市の隣保館で開かれる高校生保護者が集う会への参加する予定です。子どもたちが卒業して10年以上たちますが、発起人だということを自分の理由として参加します。
 

お久しぶりです

 投稿者:トーマス  投稿日:2007年 6月25日(月)16時24分2秒
   清見さん、お久しぶりです。本当に何年ぶりでしょう。相変わらずお忙しそうですね(^_^)私も仕事に子育てに大変忙しく、うっかりしているとすぐ年を取ってしまいそうです。今年はがんばってファイナンシャルプランナーの資格試験に挑戦しました!!子育ては完全に放棄してました(笑)しかし、太陽の村に訪れた頃5歳だった長男は5年生、長女は3年生、次女は4歳、しっかりしてます!!「お母さんがんばって」と自分のことは自分できちんとやり、日々家事も手伝ってくれました。試験の日、限界だったのか、「お母さん、頼むから一回で合格してね」とプレッシャーをかけられました(-_-;)合格を伝えたらバンザイしてました。
 今はジュニアトライアスロンに参加するとチャレンジャーな子供たちです。

 小学校ではいろいろな思いにぶつかります。今住んでいるのは地区外で、私を同和地区の人間と知らず「ここって同和地区があるんだって」なんて話しかけられたり、同和教育参観日の後の学級懇親会で「何だかよく分からないから、地区の人と話してみたい」なんて言われてたり…同和地区の人間ですと名札でもつけてたらきっとそんな話私にされないだろうなーと結構楽しんでます。あえて言う必要もないかなとも思ってます。反面、実家の方の子供の保護者の方たちとも楽しくつき合わせていただいています。時には同和問題で真剣に議論することもありますので、様々な考えや意見に触れ学習させられます。

 ここ数年はいろいろありました。父も昨年倒れ、現在は意識もなく話すことも出来ません。いずれは父と主人とゆっくり語り合って欲しい…そんな願いももう叶えることは出来なくなりました。

 何だか時は流れていくのだな〜と感じます。今思い返すと時間が解決してくれたものも沢山あったのではないかと思います。色々ありますが、今は自分自身落ち着いているのでしょうね。何だか近況報告になってしまいました。
 

差別をゆるさんど行進

 投稿者:清見久夫  投稿日:2007年 6月25日(月)10時14分16秒
編集済
  こんにちは、ゆるさんど会事務局さん。
「差別をゆるさんど行進 」、今年もその時期がやってきましたね。
7月15日(日曜日)とのことです。

いつもこうしてお知らせをいただいています。
出かけたことはありませんが、それでも遠地での取り組みに元気をいただいています。
14年間の継続はすごいです。
わたしも15年ほど続けてきた学習サークルがピンチ、ピンチ。

元気をいただきました。
ありがとうございました。

先日、友人(元気一杯のお姉さんたち二人)から、6月3日に四国中央市でお話をしてきたよ、と伝えられました。
これからもよろしくお願いします。
 

ドラゴンさん

 投稿者:清見久夫  投稿日:2007年 6月22日(金)16時54分52秒
  はじめまして、ドラゴンさん。
昨晩はご参加をいただきまして、ありがとうございました。
話は不十分な部分があったかと思いますが、私の力量では、精一杯です。
さて、憲法の第12条には「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。(後略)」とあります。
私は、憲法理念を実現するための国民ひとりひとりの努力を問うていると思っています。「わたしたち」が地域や社会をどう作っていこうとしているのか、そんなことだと考えています。
そんな状況の中で、私は今「わたしたち」が社会の中でバラバラになりつつある、大きな力によってバラバラにされつつあるという懸念を抱いています。政府が唱える「美しい国」の甘い言葉をベースにした教育現場への言及。今、学校、教師、地域、家庭が、相互の関係を崩されようとしているだけではなく、それぞれの内側にある関係性さえもバラバラにされようとしている。「わたしたち働く人々」というかつての市民レベルでの共感も、さまざまな局面で失われようとしています。かつては官と民の「働く人々」としての共感は、官民格差を煽られることで切り離され、反発する関係が作られようとしています。民間企業においても、短期雇用契約等の雇用形態の多様化によって、職場の内側のおいても「働く人々」同士の仲間としての共感が損なわれてきています。家庭生活を維持する雇用と賃金を「わたしたち働く人々」が共有することの営みが見えなくなってきていること、大きな社会不安となる予感があります。
まさしく意図的な仕組みの中で「上見て暮らすな、下見てくらせ」の仕組みが作られようとしています。今、私たちは自分の視線でしっかりと社会を見つめることが必要なようです。政府や政党が語る言葉を受けとめるだけではなく、メディアが語る言葉を聞くだけではなく、たとえ不十分ではあっても自分の視線で問い直す力量が求められていると考えています。
ドラゴンさんが言われる「自分の身は自分で守る」こと、生活者としての共感をたくさん作って、周囲の皆さんと一緒に歩めたらと願っています。
 

講演ありがとうございました

 投稿者:ドラゴン  投稿日:2007年 6月22日(金)03時49分21秒
  6月21日に鳥取であった講演を聞かせていただきました。娘さんたちとの良い関係が大変羨ましく思いました。
 さて、講演の後みんなの意見を言う時間があったのでその時に言えばよかったのですが、なんとなく恥ずかしくてこの場で言わせていただきます。普段私が思うことは、大人になれば社会の中で自分の身は自分で守るのが大前提であり、何もしなくても国が守ってくれる、回りが守ってくれると思うのは大きな間違いであると思います。最近の年金問題でよくテレビで「国が信用できません」という発言を耳にしますが、あなたは国を信用していたのですか?と聞きたくなる。憲法に自由と権利は国民の普段の努力によってこれを保持しなければならない。と書いてあります。国民が努力しなければ誰かに国家に自由や権利は奪われると解釈しています。自分の身は自分で守る。そのためにもいろいろ研修に参加して自分を強くしていかなければならないと思います。
 

差別をゆるさんど行進

 投稿者:ゆるさんど会事務局  投稿日:2007年 6月20日(水)22時16分57秒
  ご無沙汰してます。
今年も「差別をゆるさんど行進」やります!!
地元でのささやかな取組ですが、同じ思いを持つ方なら誰でも参加OKですので、お近くの方(いないかな?)は、ぜひ来てくださいね。

http://yuru3.aikotoba.jp/

 

人権のまちづくり

 投稿者:清見久夫  投稿日:2007年 6月 6日(水)11時39分27秒
編集済
  はなみずきさんへ

清見です。
「人権のまちづくり」推進については、最近の解放新聞にも掲載されていましたので、私も切り抜いて熟読していました。実は、10年ほど前から、部落問題解決の現実的な姿として、部落差別のない社会の実現と併せて、「わが地域のまちづくり」に根拠を求めていました。本当に村の人々が社会的権利を有して、村の中で生き生きと生活できる状況を作ることが大切だと思っていました。私のそれは生活者としての実感からであって、「自分たちのまちづくり」という気持ちです。中央本部が言う「人権のまちづくり」とは違うようにも思いますが、これを否定するものではありません。
あらためて感想を言います。中央本部が解放新聞を通して呼びかけることの意味と、私の地域では現実的にどうなのか、ということも含めてお話をしたいと思っています。
先にご感想をいただくことは構いませんので、どうかお話をください。。

ひとつお願いがあります。
お話の中に、時として「清見の評価」が語られます。
「昔のともだち」さんとして、はじめて村に来られた際の、私への厳しい非難(私は、いまでもそう受けとめています。正直なところ不快です)、そして、今回の、あなたが伝聞したとされる他の方から私への評価。どちらの場合も、私は受けとめかねています。特に、他と比較しての評価をいただくことは、地域での他の方々との関係を損ねる懸念もあります。
今後はご遠慮ください。
 

人権のまちづくり構想について

 投稿者:はなみずき  投稿日:2007年 6月 5日(火)19時35分0秒
編集済
  こんばんは、清見さん。
清見さんの解放同盟での立場、というより地元での立場は難しそうですね。
私の周囲では、清見さんのようなスタンスで解放運動をしている人はいないので、はっきりとは言えませんが、もったいないと考えています。特にアイデアを出すということでの人材という意味ではそう思います。私の知り合いは、清見さんは支部での評価より鳥取県連で、県連より他府県での評価の方が高いと言う人がいますよ。

昨年から中央本部では「人権のまちづくり」という構想が発表されて、先日も解放新聞でも県連や支部の課題として取り組むような主張がありました。
社会情勢を見据えた構想だと思いますが、清見さんは、どう思われますか。
自分の意見を言わずに清見さんの意見を求めてばかりで申し訳けありません。
 

解放運動のこと、まるっきり愚痴になりました

 投稿者:清見久夫  投稿日:2007年 5月30日(水)14時33分14秒
  こんにちは、はなみずきさん
「はなみずき」さんと言われても、まだあなたのことを思い出せません。
せめて、どのホームページで出会った、どの会合で出会った・・・と教えてくださいな。
そうすれば、ボンヤリと思い出せるかも。

はなみずきさんの「解放運動のことについての話がしたい」について、単なる批判でなければ(自戒なんです)喜んでお応えしたいと思います。それに、地域で実感する内容であればうれしいです。

私は自宅で返信等の内容を考えて、次の日に投稿することが多いので(何処から?・・・)、即答は無理です。ゆっくりと歩くことを予めの提案とします。

さて、はじめから、はなみずきさんの期待とは違う話です。
私は鳥取県連、それに支部の役員(執行部?)ではありません。
かつても、将来もないと考えています。(何やら、批判が始まる雰囲気・・・)

私が所属(会費納入とささやかな構成員としての自覚)する支部は、その組織体制や運営(・・があるとすれば)は集落の自治組織と一体化されています。近隣の支部には同形が多いようです。
従って、年末の「村の寄り合い」で次年度の自治組織の役員を決める際に、支部役員を決めているようです。当該の集落に住んでいない私が(隣接した集落です)、「村の寄り合い」に出席すべくもなく、それに結婚してからの「部落のモン」である私が支部の役員(執行部?)に選出される可能性はありません。(自薦すればいいのでしょうが)

不確かな話ですが、私の支部は「活動計画も、事業報告もない」とのことです。
「そんなことはないだろう」と尋ねても、「だって、まだないもの」ということのようです。組織としては、マズイので、要求を出そうとは思っています。

「県連の役員ですか」の問いにも、基本的には、支部役員にならないと次のステップはないので、はるか彼方の話です。

私の支部へのイメージ。

若干の地域の有力者が支部長のようです(確か)。
行政の出先機関である隣保館職員が執行部?、いや、違うかも?。
時として学習会の形で人集めをしている。
隣保館として?、支部として?。
境界が不明です。
人集めの際には、私にもお呼びがかかる。
網の目行動の際には、中央本部、県連役員が来ることがあります。
「何かご意見はありませんか」と問うので、私も意見を出せる・・・。
提案する内容は準備して臨みますが、意見を言う・・・にとどまります。

私が支部を通して意見を出すことはありません。
県連にはお世話になった方がおられますので、出会う機会があれば「こう思ってます」ということは伝えます。でも支部を通さない意見はそこまでだと思っています。。

おかしな話になってしまいました。
解放同盟には、県連には、いろいろ提案したいことがあります。
「このままだったらマズイよなあ」って思っています。
少なくとも、支部が学びの拠点、情報提供の拠点であってほしい・・・。

次は、もっと建設的な話をします。
 

解放運動のこと

 投稿者:はなみずき  投稿日:2007年 5月29日(火)10時42分12秒
  こんにちは清見さん。
”昔のともだち”を名乗っていましたが、”はなみずき”に戻します。
”昔のともだち”とはいっても、私が勝手にそう思っているだけで清見さんは私のことは知らないと思います。
す。
解放運動について、私の考えを聞いていただけたらうれしいです。
清見さんは解放同盟ですよね、鳥取県連とか支部の役員をされているんですよね。
鳥取県では今後のことについて協議されていますか。
 

昔のともだちさん、思うこと

 投稿者:清見久夫  投稿日:2007年 5月25日(金)10時40分50秒
編集済
  こんにちは、昔のともだちさん。
「解放新聞」(2007.05.21-2319)のWEBでの記事から、私が感じたことです。
新聞から文章をお借りして要約しながら、私の気持ちも少し加えました。

「第2回提言委員会」が開催された、とあります。
私は、この取り組みは、今後の部落解放同盟の活動の道標を見つけようとする取り組みであると思っています。昨今の様々な出来ごと(随分と辛い出来ごとですが)を出発として、何よりも組織自らの反省の上に立つものであり、周囲からの批判(期待も含めて)に応えるものであると認識しています。

記事要約です。
####
5月11日午後、会議には上田正昭・座長をはじめ10委員が出席、解放同盟からは組坂委員長、大野副委員長、谷元書記次長が参加した。
一連の不祥事についての奈良、京都、大阪の問題と中央本部での対応についての報告があり、これへの質疑応答に続いて作家の鎌田慧さん、元労働省参事官の竹村毅さん、弁護士の桜井健雄さんが、それぞれの問題意識をレジメにそって説明した。
4回(既に2回終了)の全委員による提言(プレゼンテーション)の後、そこでの問題提起をもとに、さらに論議を深めていくことになっています。
今回の提言委では、鎌田さんからは労働運動が政府からの攻撃を集中的に受けたこと、狭山闘争に関わるなかでの教訓から、解放同盟員が心のなかに荊冠旗を打ち立て、さまざまな運動に個人として参加し、解放同盟にたいする信頼と尊敬をかちとってほしい、と語った。
 桜井弁護士は、不祥事は各支部の「自主的」「自治的」運営の結果であり、中央本部の指導が問われているとして、各支部の民主的運営、上部機関の指導性の確立を制度として保障するための規約改正の必要性をのべた。
 竹村さんは「同対審答申」は1965年時点では高い水準をもつものであったが、今日の国際的視野、たとえば先端にある「人種差別撤廃条約」「間接差別禁止の法制化」「国連人権総会」などのとりくみに学ぶこと、「答申」の呪縛から離脱することの重要性を指摘した。
####
・・・とあります。

「おおよその話」としてそうだろうなあ、指導的立場としての大枠としては、そうなのかなあと思いながらも、何故か自分の足元が見えてこないんです。
私が実感している「内側から、それも小さな単位である地域(支部)から、組織が崩れはじめている」ことの懸念があります。もとより「地域からの解放同盟への期待とは何だったのか」「今、地域の中に解放同盟への期待はあるのか」という不確かさを感じています。

例えば、若い仲間たちが語る「解放運動とは関係なく、それでも私たちは頑張る」の言葉の中に感じられる「もともと解放同盟って何だよ。何をする団体なの。私たちの味方なの?」のシラケ。

彼らのそうした気持ちに対して、身近な指導者、運動家、専従職員といわれる人々からの働きかけがない現実があります。むしろその人々に部落解放に向かう姿を見つけることが出来ないためではないかと感じるとき、中央本部の取り組みを見つめながらも、それとは違う場面での、仲間たちと向き合うべき県連なり、地域の支部、部落解放を担う人々の熱意や取り組みがあってもいいと考えています。

巷間で言われる不祥事や利権が、私たちの身近な地域にもあるという指摘ではなく、部落解放の熱意や学びを地域に根付かせることが出来なかった仕事としての責への指摘です。

今回の中央本部の提言委員会の結論と方向性は、おそらく県連を通しても伝えられる、地域でもそうだろう。これまでと同じように伝達だけだとすれが、前述の「内側から崩れはじめている・・・」はどうするんだろう。
私たち自身の手で解決するしかないとも考えています。
 

(無題)

 投稿者:昔のともだち  投稿日:2007年 5月22日(火)17時50分9秒
  失礼なことばかり申しあげました。

清見さんに向けての言葉は、私に向けてのものでもありました。
清見さんとはお会いしたことはないけれども、ネットを通して一緒に歩んできたつもりでした。
今、私の周囲の解放運動は大きく変化してしまって、活動家たちが歩みをとめてしまって。
清見さんが言われる”高見の見物”ばかりになってしまいました。
 

以上は、新着順81番目から100番目までの記事です。 1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  |  《前のページ |  次のページ》 
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